僕がオーストラリアワーホリを決めたきっかけ~青年海外協力隊に落ちる。生理的に協力隊は受からないということを知ったとき

雇われる以外の選択肢が欲しいな・・・なんていう戯言をぼんやり考えてるきょうこのごろ

今回は僕がオーストラリアワーホリに行くということを考え始めたきっかけにかんしてお話します。

◆北海道に住んでいた頃から全くうまくいっていなかった僕の人生(今もだけどね)

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もともと青年海外協力隊へは漠然としてあこがれがあったものの、「自分には無理なんだろうな」というふうに諦めていました。しかし、北海道の大学時代の友達がケニアやザンビアに行き始めてその時に「もしかしたら自分も・・・」という淡い期待を持ち始めては悶々としていたということを繰り返していました。もちろん英語なんてできません。海外に行くということすら億劫うに感じていましたから・・・

そして卒業して地元の就職ではなく北海道に残るという形で就職しました。介護の道を当時は選んでいて、なんと世間知らずだった俺ってコムスンに入ってしまった・・・2006年の話です。ちょうど新卒だった時代ですね。しかし世間を全く見てもいなかった僕は本当に公開することになります。

話はここでは詳しくしませんが、給料未払や夜勤手当の遅延、交通費の支払いがない、挙げ句の果てに僕がいつ未払分の給料はいんだよ(╬▔꒳​▔)!!と人事部に怒鳴ったらその返答が

「その分夜勤は言ったら稼げますよ( •̀∀•́ )✧」

「おまえ殺すぞ?」

という会話を新卒の当時していました。今まで払われていない夜勤分が払われるという保証なんてないのになんで夜勤に入れるんだっツーの!!本当にしどろ戻さが新鮮でしたね。社会に背を向けた瞬間でした。

本当に新卒から一発目にブラックなとこに入ったんですね。しかも三ヶ月後にやめたんですが、結局営業停止で解体になりましたね、この会社。やめて正解ですよ。でもここから人生の歯車が狂ったということが(のちのち海外に憧れるということに惹かれていきます)実感できます。

◆26歳の時に介護は合わないということを実感してやめて地元に帰って青年海外協力隊に応募するけど・・・

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結局社会人一発目の就職は世間に背を向けるということに終わり、その後は日雇い派遣、交通誘導員、スキー場のリフト係、いわゆるリゾートバイトというものを転々フラフラしていました。もちろんその間に履歴が自分の首を絞めているということが若さゆえにわかっていませんでした・・・

しかし北海道特有の水道管破裂(水落が不十分だったために、起こりました。しかし保険にかかることができました。水落が不十分ということは忘れていたわけではないので保険の対象ないということにしてもらえました)に見舞われて部屋は水日出しになり、その時は仕事がうまくいかずに精神的にものノイローゼになっていました。

そんな時に母がいきなり僕を訪ねてきて「もう帰ってきなさいよ」と背中をたたいてくれました。

その翌日に僕は仕事を辞めるということを言い、実家に戻りました。

実家に戻ってからは大学時代の友達が青年海外協力隊受かり始めたのをきっかけに本格的に自分のやりたいことに手を伸ばしてみようと思いました。

しかし僕は履歴書を見ても応募の動機がかけない状態になっていました。しばらく、というか地元に戻ってからは8ヶ月間は図書館に引きこもって英語の勉強をしていました。

結論から言えばTOEICスコアは320点⇒330点にしかならずはっきりいって時間の無駄という自責の念に駆られて、しかも貯金もなくなっていく。そして海外協力隊に応募するためにはやはり海外でのボランティア歴が必要ということを思いつき、フィリピンのボランティアツアーに行くことを決意します。

しかし、ここで僕は偽善者ということを現地の人に気づかされますが笑

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そして一回目、二回目と続けてあえなく落選したわけですが、僕が青年海外協力隊に生理的に受からないということをようやくわかったということでもありました。8ヶ月ニートをやってこれかよ!!というショッキングな出来事でもありましたね笑

もし僕と同じような体質の人は青年海外協力隊は応募しないほうがいいですよ!

さて、僕が生理的に協力隊に受からない理由ってなんでしょうね?

◆JAICA健康センターに問い合わせて挫折?というか驚愕の結果をしる

 

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まず結果から言えば春、秋の応募ともに落ちたんですが、一回目の応募で自分の血液型に疑問を覚えたんですよ。

基本的に健康的な理由で落ちるということはほとんどないということで少しタカをくくっていたのも事実なんですが、ここで少しだけ自分でも確認しておかないといけないことが出てきました。それは

自分の血液型です

そして次の写真を見てください。

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この写真は嘘偽りのない、JAICAに応募した時にコピーした僕の健康診断のコピーです。血液型判定のところをよぉぉぉぉぉく見てくださいね。なんて書いてありますが?

判定不能

と書いてありますね?

そうなんですよ。僕の父方の血筋は判定不能なんですよ。その代わりに精密検査はB亜型なんですよ。

もしこのブログを読んで僕と同じような境遇の人がいたら、献血をした時に「血液証明出してもらえませんか?」だけで血液証明書というのを出してもらえます。初回の応募で落選してしまい、JAICAの健康センターに問い合わせてわかったことです笑

各国の医療の水準はバラバラでもし仮に僕の血がB型としか認識されておらず、かつ僕が地を大量に失う何らかのアクシデントにあった場合、普通のB型の血を輸血されると思います。しかしそれでは僕はアレルギーが出る可能性があります。この亜型というのは、血液をもらう分には差支えがほとんどなく、逆に上げる文にはかなり精密な一致がない限り輸血しては習いタイプの。。。

まぁ

あんまり使えない血

ということですよ。でも輸血を貰うときに血液型を精査するときに亜型までは検査できない国が多く、輸血リスクの高い隊員は派遣できないということを言われました。これが生理的に応募できない理由うのうちのひとつでした。

ちなみに血液が証明ってこういうやつ

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あらやだ!カーペットの毛が・・・でも献血するともらえるのでこれは海外に行くときに持っておくと実はいいかもしれませんよ。コピーで。オーストラリアワーホリ中も僕は持っていましたからね。

◆やっぱり受からなかった協力隊

一回目の応募でどうやら血液型が原因であるということがぼんやりわかったので、二回目の秋応募には血液型証明書をつけて応募してみました。すると・・・

落選理由が健康から技術不適合になりました・・・

これは進歩なんだろうか・・・しかしこの時点で気持ちも折れて貯金も底をついたのであえなく出稼ぎに行くことにしました。

4年前の12月です。その時、ボラバイトで北海道の稚内に行きました。その後また僕に機会がおとづれました。

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