◆Brisbaneから始まった僕のワーキングホリデー

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人生で始めてワーキングホリデーに行き、決めたのがオーストラリアでした。最初はカナダが良かったけど、カナダは一年しかいけないのと季節で仕事の量がかなり減ってしまうということ、あとは働いてみたいという場所がなかっただけ。

この時はなんとなく2年だけはこの国にいるって決めて渡航しました。結果はすぐに二年は過ぎ去ってしまいました。

途中、真剣に「もういいや」といって帰りかけた時もありましたが、偶然、運、シェアメイトに助けられて過ごすことができた二年間でした。

■ブリスベンででの滞在は6日間だけでした

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エージェントを通して渡航し、ホストファミリーの家に行きました。

行った先は、イタリアからの移民の人で、オーストラリアに住んで50年以上住んでいる人でした。

イタリア人は永遠に恋をする

ということが言われるように、結構ダンスパーティーとかには夜にいっており、夜はいない時があり、ご飯も作り置きをしてくれることが多かったです。

そして結構前に別れた奥さんの話をします(^_^;)

「言うこと聞かないからこっちがふって追い出してやったぜ!」

というような自慢?話を良くする人でこの恋話も面白かったです。でも追い出したって自慢なだろうか?結局妥協したら上手くいていたような気がしたんですけど・・・・

イタリア人男性の恋愛観はわかりませんね。おそらく手に入れるまでの駆け引きが一番一番楽しくてそれを通り越すと何かしらのピークが過ぎてしまってつまらなくなるのでしょうか?

やはり恋の駆け引きだけをするのがちょうどいいということなんでしょうか。

エージェントの人もこの人は評判がいいホストファミリーのうちの一軒で、特に男性渡航者に人気で、男同士の距離感や、どうしても世帯だと女性がいるのでお風呂とかの順番とか気にしないといけないですもんね。ここらへんを気にしないでいいっていうのが快適だったんだと思います。

■ボタニックガーデンしか行けなかった

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渡航した時点で手持ちが8万円というぎりぎりな状態だったのが楽しめなかった原因ですね。今思えばよく生きてたなって思います。こんな体験もなんとなく人生の肥やしになればいいですよね

エージェントの人いわく「サウスブリスベンがいい見所」というように聞いていましたので早速サウスブリスベンに言ってみました。

橋の上からはキャットと言われる水上のバスがしっていたり、人力で運んでくれるタクシー。これらに一度乗っておけばという後悔はこのサイトを作りながらこみ上げてきます。本当に残念なことしましたね。

行けてもビクトリア橋(Victoria Bridge)の向こう側の探検だけに終わってしまいました。

人口のプールがなんと川のすぐ横にある!しかも無料ではいれて、ちょっぴりとした無料のリゾートっぽくて、その雰囲気を感じながら横を歩いていました。

でも渡航当時は10月で機構はどっちかというと寒い法だったと思います。長袖で歩いていましたし、結構寒かった日でもプールに入っていた人は結構いました。それらを見守っていたライフガードのもなにげに厚着だったし(^_^;)

このプールの近くには屋台のテントが並ぶスタンリーストリートプラザという青空市が開催していました。(Stanley Street Plaza)

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正式名称はザコレクティブマーケットサウスバンク」(The Collective Markets South Bank)言います。エージェントの人からもらったパンフを片手にフラフラ歩いていました。手持ち8万円というのが重くのしかかっていたために買って楽しむということができないという苦しみ!

面白くない・・・(;_;)

■ボタニックガーデンをうろつく

てくてく歩いているとなんとなくアジアンちっくな場所に行きました。この熱帯の植物の中にすドーンとあるこの像は・・・

なんだったんだろう・・・

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6日間の滞在では正直行って名所に行くことができなかった。

びんぼっちー男の一人歩きになってしまったことを非常に悔やんでいます。

あとは現地にあったセブンイレブン(笑)

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オーストラリアにきた感じが乏しいけど、1ドルコーヒー。日本の100円コーヒーなんかと違ってかなりボリューミー!この一ドルコーヒー+アルフさんのサンドイッチで街を歩いていた。

■オーストラリアの都市部に滞在したら無料の英会話レッスンには顔を出して横のつながりを作っておこう

滞在している最終日に日程があったので協会が主催している英会話クラスにも言ってみました。

結構日系人が多く、あんまりヨーロッパー人とかはいません。

英語が公共語の国の人は既に習う必要がないのでこういったところに来ないんですね。この時にOZスラング、

「It’s my shout」= treat(おごり)

というフレーズを覚えました。最初は叫びたいくらいの出費ならしなくていいよって思いましたがそうではなかったんですね。クリスチャンの人が、ドーナツをおごってくれて、それを題材にして教えてくれたんです。

英語も日本で言う大阪べんや名古屋弁などの違いがあり、そいういうものも英語のうちであるというということを知りました。

この間に仕事のほうが決まり、ブリスベンから100キロほど内陸の方にいったところの製材所での仕事が決まりました。

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すぐさまの移動でブリスベンをたんしていませんが、手持ちのお金がこのままなくなったら強制帰国になってしまうのでまずは軍資金を稼ぎに行きました(笑)

ブリスベン⇒セシルプレインへ移動をします

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