◆パースで戦慄のフルーツピッキング!Faraway Hill Orchard

僕が働いた場所、3箇所目「DONNYBLOOK」というというところです。

ここはオーストラリアの中でも、フルーツピッキングの有名なところです。毎年多くのバックパッカー達がおとづれて、旅の資金を貯めるために、農作業の仕事を求めてここへ来ます。

農作業の仕事は比較的簡単にありつくことができます。飲食店等もそうですが、都市の仕事では時給が低く、ただただ滞在するだけという感じの所得になってしまいがちです。多少なりとも貯金がしたい、オーストラリアによって貯金をしてまた別の国へ行きたい、かつあんまり英語が得意じゃないという人たちがたくさんこのフルーツピッキングの仕事をします。

なので仕事を求めてワーホリ協定を結んでいるほぼ全ての国の人が押し寄せます(笑)

だからどこのワークホステル(農作業の仕事を斡旋しているバックパッカーズホテル)も人であるれているのがありふれた光景です。

僕がおとづれたこのDonnybrookとて例外ではありませんでした。

僕の場合のワーホリは、SHAKE HAND WITH OZというエージェントに400ドル払ってきましたが、この時点でこれを一旦やめました。

この会社のHPの文言がどうしても気になったからです。IIC(インターナショナル・イノベーション・センターというNPO法人の留学エージェント)経由ではこれを知ることができず、仕事の紹介とだけをいわれて渡航しましす。しかしながら、もう一つ、A to Z   オーストラリアというエージェントがあります。そのエージェント代表の被人が  オーストラリアdeワーキングホリデー という本を出版していている、信用の高いエージェントがあります。

実はこことも日本人派遣に関してはSHAKE HAND WITH OZはつながっていて、どちらからでも仕事の紹介サービスは受けることができます。IIC経由よりも、A TO Z 経由の方がトータルの経費が安く済むということを知ってがっかりしたこと、そして、徐々にではありますが、英語での求人も読めるようになってきていたこともあり、ある程度の求人に自力で応募を出来ることができる自信がついてきたからです。

渡航して5ヶ月がすぎるころでもあり、そろそろ渡航目的を果たして行かないといけないという焦りもあった時期です。

今思えば情弱な自分が恥ずかしと思えて情けないのですが、フルーツピッキングは「ハーベストブック」というオーストラリアのインフォメーションセンターにいけあばもらえるものがあり、しかも無料なんです。このことに気づくきっかけになったのがこのパースのフルーツピッキングです。

■既に収穫のシーズンが始まるの待っている大勢のバックパッカーたちが仕事の順番を待ちわびて宿泊していた

バックパッカーたちのあいだでは、かなり有名な場所。二年目の人もまた季節を追ってここに戻ってきたという日本人の人もいましたし、ここにずっと8ヶ月もいるという人もいました。ピッキングに関してはハマる人はハマるっていう仕事です。

ここのバックパッカーズでは、先着順に仕事の順番が来るようになっており、最低限、作物の収穫が始まるシーズンの一ヶ月前くらいにここにチェックインをし、そのまま収穫が始まるのを待つというのが上等手段。こういうことを既にバックパッカーズは知っているので結構ホテルは満室に近い状態でした。

僕が言った当時はなんとか空き部屋があったのでチェックインできましたが、ここで少しおかしいことがありました。

■なんでホテルなのに料金ごとに部屋を選べないのか?

一週間で140ドルっていうのは一ヶ月4週間とした場合、560ドル、日本円を1AUS$ = 100円としたら56000円です。

十分に2DKとか、安いとこを選べば二ヶ月は払える家賃に相当するの金額が一ヶ月で消えます。ちょっとここらへんは悩みました。

上の写真が一週間で1万4000円取られる部屋です。正直言ってわりに合わないけど、仕事の紹介があるというだけでこの価格・・・・

正直ここではかなり消耗しました。おまけに、シーズンが冬に向かって言っている最中で、夜中が激寒い!そのくせ暖房をケチるホテル側との本気のバトルを繰り広げるということをしていたので、早めに切り上げていきたいというのがホンネでした。台湾人たちの共闘は今思い出しても懐かしい!

そして徐々に僕に焦らせていた思い、それは

「なんで渡航したのか?」

という目的を果たさずにこのまま滞在をだらだらするのか?という自問自答がありました。

しかし、一生に一度きりのワーホリビザを使って滞在している時間全てが貴重でしたし、目的を果たさずして帰るということができなかったので多少はここで働きました。

目的を果たすことにすべてを注ぎました。

■正直おすすめするところではないとあえて断言できる

SANYO DIGITAL CAMERA

仕事のコネを握っているということだけでここまで傲慢になれるのか?というくらいに呆れたここの女性オーナー。

中にはホテルの中が嫌だからといってテント泊を決行する人もいます。

しかしながら、この人たちからも週100ドル取ります・・・

女性のオーナー、確か名前はリンって呼ばれていました。強欲な人で英語のネイティブたちともめると警察を簡単に呼ぶ人でした。

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特にドイツ人は英語が分かるのでなんで部屋の料金を選べないことに講義をされ、言うとおりにしないと直ぐに警察をよんでおおごとにします。こう言う警察ざたは、僕が滞在しているときは一回有り、僕が来るまでにも何回もあったとここに長く住んで仕事をしている日本人の人は言っていました。

■フルーツピッキングでは車持ちのバックパッカーが強い

roster

シーズンが始まると、部屋ごとに、「roster」という日本で言うシフト表のようなものがでます。各部屋の人たちと車を持っている人の車にどこの部屋の誰が乗るというような指示が来ます。働く農場まではkなり距離があるので車での移動になります。

そして車を持っているバックパッカーたちがやっぱり仕事が優先的に回ってくるので、その人を中心に[roster]が組まれるので、仕事が入ってくる確率はあがります。(というか絶対に入ってくる)

車を持たなかった僕は、毎朝車の送迎をしてもらうたびに5ドルを運転手に払うというのはかなり負担です、しかも領収証は出ませんので確定申告の時に経費にカウントをされないというのもネックです。

※これらは現金決済なので、必ず小銭は持っていないといけないので現金の盗難も部屋によってはあります。

■戦慄のフルーツピッキング・・・ギャリーというオーナー

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Faraway Hill Orchard という果樹園での仕事が決まり、ここで作業をすることになりました。同じ部屋の台湾人立ちと働くことが決定してちょっと安心しましたが、ここのオーナーの厳密さが正直屋でしたね。

基本作物の収穫は体力勝負で、単純作業をいかに早く、かつ作物を傷つけずにできるか?ということにだけに集中する。

正直こう言う単純作業は嫌いで結構苦痛でした

でっかいbin(crates)という木の箱があり、一日2トン位を収穫するというノルマがありました。

ギャリーの話では、一つの箱に、りんごを山盛りにして800kgあり、これを確か5箱作るということをいわれました。

■収穫のシーズンが終わりかけていたあの当時は正直無理だろって思う

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僕が渡航したあの当時、確か2012年、4月でした。この時期は第一回目の収穫シーズンが終わってしまい、この時期に収穫をしたバックパッカーは既に北上していて、「カナナラ」というパースの北にある、フルーツピッキングの有名な場所の収穫が始まるシーズンをまつために既に大半の人たちが移動をしたあとでした。

これも理由があって、作物は収穫が始まってすぐの時が一番作業をしやすく、収穫が終わる頃のほうが作業が効率的に進みません。僕が収穫していたのは「ピンクレディー」というオーストラリアでも市場安いりんごでした。

赤く熟したりんごしかとるんじゃない!って言われながらもほとんどが青い。

しかも熟したかどうかを見ていると収穫のスピードが落ちて、収穫の量が減るとオーナーがキレるというなんとも板挟みの状態になり、僕はまさにこの板に挟まれていて苦痛でした。

そして僕たちのチームになんか文句言ってきて

「お前たちの箱の右隅に青いりんごをテキトーに入れている奴が居る。真面目にやれ」

とか言われたのを覚えている。

ファーマーの側からするとこれは仕方なく、赤いりんごは確か5セントで市場にうられ青い林檎はジュースになってしまって1セントとか2セントにしかならないからこちらも生活できない!って言われました。しかも時給制だったので、収穫の量が低いと給料がオーナーよりもワーカーの方が多いということになってしまうのでそれを嫌っていました。

あとになってギャリーが言いましたが、この年は天候が温暖でなかなか気温が下がらず、柑橘系の作物は気温が落ちて寒くならないと甘味をつけず、特にピンクレディーは赤く熟さないんだとか。これを収穫前に行ってしまうとお前らが働かないかもしれないから言わなかったって後付けで言われました。

この時に一緒に作業した人たちは静かにキレて帰りました

■仕事が終わったら靴下とか服を乾かします

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仕事終わりの風景はこんな感じです。冬場はみんなストーブで乾かします。

どーでもいいことですが、僕はこのストーブでパンツを干していたらなんで知りませんがなくなっていた(笑)

僕がここに来て既に5月の半ばに差し掛かっており、オーストラリアの下半分は冬に入ります。こうなるとバックパッカーたちは温暖な北へむかいます。(地図的に上)

ここで服を乾かしたりみんなで会話をしたりして和むひとときです。

朝露って結構葉っぱに乗っていて、冷たいんですよ。しかも濡れた状態でサイズの合わない靴を泊から靴下が穴だらけ・・・

後ここでは夜は暖房がそんなに強く入らず、めちゃくちゃ寒いです。ルームメイトと何度も受付に温度上げろって言いに行きましたがとうとうそれは実現せず。今思うとかなり過酷なところで頑張っていたなって思うことができます。

ロビーから出るとみんなが暇を潰す卓球場。ここで毎日卓球賭博が行われていた

調理場です。ハイシーズンはいっぱいになります。

6月に差し掛かるくらいにここを後にして、一旦パースに行き、僕が本当に行きたかった場所を探すことを本格的にします。

そして結論からは願い叶って、パースからアリススプリングスに行きます。

フルーツピッキングで必要なもの

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